ホテル到着まで(12/25〜12/26)

 
 2004年の年末年始に、僕私は一人で訪タイしました。ピピ島は2度目の訪問です。

 前回来た時にダイブショップのインストラクターに免許取得を誘われていたので、休暇をとって再訪したのです。前回訪島時は、雨期だったため、海は少し濁っていましたが、問題なく楽しめました。雨期でこれだけ綺麗なら、乾期の海も見てみたい!という思いもあって、私はこの島へやってきました。

 日程は8日間。はじめの3日間はピピ島でダイブのライセンスを取得することに費やし、残りの2日はビーチでのんびりと休息、それからバンコクで少し遊んで、元旦の夜に帰国する予定でした。津波前日の1225日はプーケットのパトンビーチのアロハ・ヴィラ(ALOHA VILLA)に投宿しました。夜は海沿いのマッサージ屋やディスコなどをハシゴして夜更かししましたが、翌朝、元気に起きて、朝食もほとんど取らずに、ピピ島に船で向かいました。船には大勢の客が乗っていましたが、日本人と見受けられるのは私一人だけ。甲板に寝っ転がり、海からの風に吹かれていました。

 前回来たときと違い、季節は乾期でピピ周辺の海は透明度も高く、波も穏やか。船を下りると小魚の大群が船周辺を泳ぐのがはっきり見えました。このときの海の様子からは、津波が来るなんて全く想像できませんでした。

港に着くと宿屋の従業員が看板を掲げて待っていましたが、荷物がリュック1個の僕は場所もある程度わかっていたので、美しい海と、のどかな村の様子を眺めつつ、一人でホテルに向かいました。

 日本からインターネットで予約したホテル、トンサイ・ヴィレッジリゾート(Tonsai village resort)にチェックイン。島の中心のトンサイ地区の安宿なら、飛び込みでも泊まれたかな?・・・と思いつつも、繁忙期だったのでこれでいいのかなとその時は思っていました。実のところトンサイ・ヴィレッジリゾート予約後に、よりリーズナブルな「TTZ」や「チャーリー」という名のバンガローが確保できるというメールをもらったのですが、面倒くさかったので変更しなかったのです。今思うとこれが運命の分かれ道だったかもしれませんが・・・。トンサイ・ヴィレッジの場所は島の南側、トンサイ湾に面したビーチの一番西側で、村の中心まで徒歩10分弱、夜中まで賑やかな中心部から少し離れて、静かな雰囲気の所でした。

フロントで出されたウェルカム・ドリンクを飲み干し、南国のコテージ風の部屋に案内されました。確か21号室だったと思います。建物はシンプルな平屋で、3室で1戸、海は目の前で、快適な休暇が過ごせると悦んでいました。



  津波来襲 屋根へ逃げる(12/26)

 とりあえず、これからレセに貴重品を預け、ダイブショップに顔を出し、おっと、その前に食事をしてなかった・・・などと考えながら部屋に入りました。

 しかし、楽しかったのはここまででした。時間は確か10時半前後、部屋に入って1、2分も経ってなかったと思います。ベットの上にバックパックを下ろしトイレに入り用を足していると、ザーッという水の流れる音が聞こえました。

「おかしいな?まだ水は流してないのに・・・ん、違うぞ!」

外を見るとものすごい勢いで大量の水が押し寄せ、人々の悲鳴が聞こえています。最初は、水道管の破裂か、ダムの決壊かと思いましたが、ピピには川がないのでその考えはすぐにうち消し、後はわけがわからず入口の方に走り寄りました。頭の中を「津波・・」の文字がよぎりましたが、そうしている間にも室内には瞬く間もなく水が浸入、ベッドや椅子などの家具が胸の高さまで浮き上がり、逃げようと思ってドアを押すも水圧で開きません。外に向かって「何が起きたんだ(What happened!)」と叫びましたが誰も答えてくれず、その間にもどんどん水かさが増えてきています。

 このままだとコテージの中に閉じこめられたまま水死してしまうと直感。窓ガラスを椅子で割ろうにも流れて手元から離れていくので、怪我を覚悟の上で右肘で割り、ものすごい勢いで室内に流れ込んでくる海水をかき分け、「こんなところで死んでたまるか!」と叫びながら室外へ脱出しました。外に出ると、かなり流れがきつく、建物に掴まっていないと流されてしまいそうです。「誰か助けてくれ(Somebody help me!)」確かそう叫んだと思います。ちょっとでも高いところへとポーチの欄干に足をかけると、屋根の上に登れと誰かが叫んだので、海水の浮力を使ってそのまま隣のコテージの屋根に登りました。このとき、なぜかデジカメを手にしていたのですが、邪魔なので水中に投げ捨てました。この時点で海水は窓の上まで来ていました。

 私以外に屋根に逃げたのは外国人旅行客8名(スウェーデン人、シンガポール人、南アフリカ人)。

「津波だ!」屋根に登り、思わずそう叫んだとき、南ア人の男性が首を振りながら、「そう、ツナミだよ(So TSUNAMI!)」と返しました。私たち二名以外の人はそれが全くわかってない様子でした。そういえば、逃げるときに、先ほど、部屋まで案内してくれた女性従業員は室外で何か叫んでいましたが、その後、どうなったかわかりません。まもなくして高床式のコテージは屋根の直下まで水没しました。

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